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安全な居場所

怖くて家を出られない青年がいました。彼は人を避けるために日中に眠り、夜はテレビを見て過ごしました。いわゆるひきこもりです。発端は、学業の問題で不登校になったことでしたが、外の世界から離れている時間が長くなるにつれ、社会に溶け込めないという不安も強くなりました。そして、友人や家族とも話さなくなりました。ところが、「居場所」という若者の集まりに参加し、今は快方に向かっています。そこは、傷ついた人々が社会に向けて再出発できる安全な場所だそうです。

キリストにあってひとつ

聖書を読んでいて名前の羅列のところに来ると、飛ばしてしまいたい、という誘惑にかられます。しかし、例えば、イエスの十二弟子のリストのように、キラリと光るものが隠れている場合もあります。岩という意味のペテロに改名されたシモン、漁師の兄弟ヤコブとヨハネ、裏切り者のイスカリオテのユダなどは馴染みの名前です。一方、このリストから見過ごされがちな事実は、取税人マタイと熱心党員シモンは、かつては敵同士だったという点です。

誰かを助ける

新約聖書には「キリストのからだ」という神秘的な表現が30回以上登場します。特に使徒パウロは、これを教会のイメージに使いました。イエスは天に昇られた後、ご自分の働きを、欠点だらけのドジな人たちに委任されました。ご自身は、教会の頭となられ、手や足、耳や目、声などの仕事は、私たちのような一貫性の乏しい変な弟子たちに任されました。